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東京高等裁判所 昭和63年(行コ)6号 判決 1989年5月30日

東京都渋谷区大山町三九番八号

控訴人

南部達雄

同所

南部宏子

同所

阿部晴美

東京都渋谷区代々木四丁目五五番五-三〇五号

南部禎子

控訴人四名訴訟代理人弁護士

齊藤方秀

福本基次

東京都港区芝五丁目八番一号

被控訴人

芝税務署長

小林進

被控訴人訴訟代理人弁護士

中村勲

被控訴人指定代理人

合田かつ子

安達繁

藤本和昭

山口新平

林広志

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人らは、

「1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が控訴人らに対して昭和五八年一二月二七日付けでした各相続税の更正及び過少申告加算税の賦課決定のうち、

(一)  控訴人南部達雄(以下「控訴人達雄」という。)につき

(1)  課税価格金一億三一一四万九〇〇〇円

(2)  過少申告加算税金二一〇〇円

(二)  控訴人南部宏子(以下「控訴人宏子」という。)につき

(1)  課税価格金一億三〇六六万九〇〇〇円

(2)  過少申告加算税金二一〇〇円

(三)  控訴人南部禎子(以下「控訴人禎子」という。)につき

(1)  課税価格金一億三一三三万八〇〇〇円

(2)  過少申告加算税金二一〇〇円

(四)  控訴人阿部晴美(以下「控訴人晴美」という。)につき

(1)  課税価格金一億三〇五八万六〇〇〇円

(2)  過少申告加算税金二一〇〇円

を、それぞれ超える部分を取り消す。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求め、被控訴代理人らは主文同旨の判決を求めた。

二1  当事者双方の原審における主張は、原判決一九丁表一行目の「更生手続き」を「更生手続」と改めるほかは、原判決事実摘示第二(原判決添付の別紙一、二及び別表一ないし九を含む。)と同一であるから、これを引用する。

2  当審における控訴人らの主張

営業権の評価方法を定めた評価通達一六五所定の計算式中前半の「平均利益金額」の計算部分と後半の「総資産価額×〇・〇八」(標準利益)の計算部分との間には矛盾があり、その結果は不合理なものであつて、本件処分には相続財産の価額の過大認定の違法がある。

すなわち、評価通達は、一六六(2)ロにおいて、支払利子、手形割引料の金額はなかつたものとみなして計算する結果、これを所得の金額の計算上加算する取扱をしている。これに対し、一六六(4)の総資産価額においては、割引手形の価額を総資産価額に加算する取扱をしていない。しかし、手形割引料は、受取手形という資産の譲渡に伴い生じた費用であり他人資本の調達に伴う費用ではないから、これを支払利子と同様に取り扱つて所得に加算する必要はない。そして、手形割引(割引手形残高)とこれに伴い発生する費用である手形割引料とは手形割引という一つの取引によつて生じたものであり、超過利益金額を算出するうえで対応関係を有しているのであつて、この点を正確に認識すべきである。

右通達一六五の計算式において、平均利益金額の計算上、手形割引料をなかつたものとして所得の金額に加算する場合には、標準利益算出過程において総資産価額に割引手形残高を含めるべきであり、逆に、右総資産価額に割引手形残高を含めない場合には所得の金額に手形割引料を加算してはならないのである。

評価通達一六六(2)ロは、平均利益金額の計算において、手形割引料を所得の金額に加算する取扱を明記しているところ、被控訴人は、これにもとづいて本件処分をしたのであるから、標準利益算出過程において、総資産価額に割引手形残高を含めて超過利益金額を算出すべきである。

3  被控訴人の答弁

営業権の評価方法を定めた評価通達一六五所定の計算式中「平均利益金額」とは、評価対象企業が現実に上げた収益を念頭に置くものであり、「総資産価額×〇・〇八」とは、通常の場合における企業の収益力を総資産に対する年率八パーセントとみなすことにより当該企業の通常の収益を想定したものである。同評価通達は、この現実の収益と通常の企業に想定される収益との比較における二つの収益の差額を超過収益力とみて、これを営業権に起因したものとして捉えるものであるから、それぞれの計算方法は同一の基準で認識されなければならない。そして、右の通常の場合における企業の収益力を年率八パーセントとみなしたものは、経営学上の企業収益率といわれるものに依拠するものであり、次の算式によつて求められるべきものとされている。

企業収益率=(A÷B)×100

A=当期純利益+支払利息・割引料+社債発行差金償却+社債利息

B=負債資本合計(総資産)

(日本銀行統計局発行の昭和三四年度下期「主要企業経営分析」もこれによつている。)。

右企業収益率は企業の総資産価額と企業の当期利益に支払利息、手形割引料等を加算した額との割合比較で計算されており、かつ、この場合の総資産には割引手形の額を含めないこととされている。したがつて、その当然の帰結として、評価通達一六六(2)ロは、平均利益の算出過程に支払利息、手形割引料を所得に加算し、評価通達一六五の総資産価額に割引手形を含めないことになるのであつて、このような算式も不合理であるとはいえない(しかも、原審で主張したように、評価通達一六五は単に当該企業の現実の平均利益金額と企業の通常の場合の想定収益とを比較して、単純にその差額を超過収益として捕捉しているのではなく、現実の平均利益金額に〇・五を乗じたものと想定収益とを比較することによつて超過収益の有無を判定しているのである。)。

三  証拠関係は本件記録中の各書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、当審における資料を含め本件全資料を検討した結果、控訴人らの請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は左記のとおり補正するほかは、原判決理由説示(原判決二七丁表二行目から三七丁裏三行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三四丁裏二行目の「(四) なお、」から同三五丁裏一・二行目の「何らの関係もないのである。」までを次のとおり改める。

「(四) なお、控訴人らは評価通達一六五の営業権評価の算式(原判決添付別紙二の算式2の「超過利益金額」を求める算式)において、「平均利益金額」の計算上、手形割引料をなかつたものとして加算する場合には、これと対応関係にある手形割引残高を、標準利益算定のための「総資産額」に含めるべきである、と主張するので検討する。

ところで、右評価通達は、営業権を評価するに当たり、評価対象企業の事業活動によつてあげた現実の収益の二分の一(五〇パーセント)と、当該企業に通常想定される収益とを比較することとし、その差額(収益の超過分)に着眼して、これを営業権にもとづく企業の超過収益力ととらえる立場をとつているところ、同算式中、前半部分の「平均利益金額」は前記現実の収益力を算定するために用いられる具体的な額であるのに対し、後半部分の「総資産額×〇・〇八」(標準利益金額)は通常の企業の収益力を総資産に対する八パーセントとみなして予想される抽象的、観念的な額であることが明らかである。

そして、右評価通達が、前記算式中の「平均利益金額」の計算上、手形割引料をなかつたものとするのは、右の具体的な額(現実の収益力)を算定するに当たり、企業の純粋な事業活動によつてあげた収益を基礎とするのが営業権の評価上適切であるため営業外の費用である手形割引料をなかつたものとする趣旨であつて、いわゆる二重控除を防止する趣旨ではないと解するのが相当である。したがつて、前記算式中の「平均利益金額」の計算上、手形割引料をなかつたものとしてこれが加算されることになつたからといつて、手形割引残高を同算式中の「総資産額」に含めて標準利益金額を算出してさきに加算された手形割引料相当分を控除しなければならないものではないというべきである(手形割引料が「平均利益金額」に加算されたとしても、そのこと自体により直ちに評価上の不合理及び税負担の不公平が生ずるとはいいきれない。)。そして、前記(一)において述べたとおり、前記算式中の「総資産額」は、課税時期における総資産の価額すなわち、現に企業に投下されている資本の額を基準としてこれをとらえるべきものといえるのであるから、当該企業から銀行等に所有権が移転し、企業の資産を構成するものではない割引手形の残高は「総資産額」に含まれるものではないというべきである。

成立に争いのない甲第七号証によれば、手形割引料を他人資本調達に伴う費用と考える場合には、割引手形残高を「総資産額」に含めて計算しなければならないのが会計学上の見解であることがうかがわれるが、手形割引料は、前記受取手形という資産の譲渡に伴い発生する費用とみるべきであるから、割引手形残高を総資産額に含めて計算すべきではないというべきである。」

2  原判決三五丁裏三行目の「(五) 原告らは、」から同九行目の「採用の限りでない。」までを次のとおり改める。

「(五) 次に、控訴人らは、経営分析における総資本利益率の計算式においては総資本の額に割引手形の額を含めるのが経営学の常識であるから、相続税の営業権評価においても総資産額に割引手形を含めるべきである、と主張する。

成立に争いのない甲第五号証、第八ないし第一〇号証、乙第三号証の一ないし三に弁論の全趣旨を総合すると、評価通達一六五の営業権の算式中、通常の企業の収益力を年率八パーセントとみなしたのは経営学上の企業収益率に依拠するものであるところ、被控訴人の依拠した企業収益率の計算式は次のとおりであつて、

企業収益率=(A÷B)×100

A=当期純利益+支払利息・割引料+社債発行差金償却+社債利息

B=負債資本合計

(日本銀行統計局昭和三四年度下記「主要企業経営分析」によるが、昭和六一年度版においても基本的に同旨である。)

右の総資産には割引手形の額が含められていないこと、

右と異なり総資産に割引手形の額を含める計算式の一例は次のとおりであつて、

企業利潤率=(A÷B)×100

A=当年度税引利益+超過償却額+法人税充当額+支払利息・割引料

B=(資産合計+受取手形割引残高+同裏書譲渡高)の当・前年度末の平均値

(日本経済新聞社「日経経営指標」(昭和六三年秋)による。)

右計算式も経営分析において一般に通用していることがうかがわれるが、仮に経営学上の通説実務として控訴人主張のような計算式が行われているとしても、相続税課税のための評価は、前記のとおり税額の評価という独自の立場でなされるものであつて、これまでの課税実務において一般に行われてきた方式であり、被控訴人が総資産に割引手形の額を含める計算式を採用すべきであるとまでいうことはできないから、控訴人らの主張は直ちに採用できない。

(六) さらに、控訴人らは、損益科目と残高科目を同様に扱うべきであることを理由に、割引手形残高を総資産中に含めて営業権の計算を行うべきである、と主張するけれども、支払利子と手形割引料等が損益計算上同一の取扱いがされるからといつて、直ちにこれと同一の原則にもとづいて商担手借と法的性質を異にするとみられる商手割引とを残高科目上同一の取扱をし割引手形残高を総資産中に含めて営業権の計算を行つて課税評価をしなければならないものではないから、右主張は失当である。」

二  以上の次第で、控訴人らの請求は理由がないからいずれも棄却すべきところ、同旨の原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉卓哉 裁判官 大内俊身 裁判官 土屋文昭)

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